龍馬脱藩マラソン/残り4.195kmを完走するために38kmしたこと考えたこと/4:33:29

Full-marathon

龍馬脱藩フルマラソンは、折り返し少し下ったところが中間点。

2014年、初めてエントリーしたのはハーフ。がしかし荒天のため中止。このときTシャツを含む参加賞と返金処理が案内されてびっくり。もう毎年エントリーするしかないと心に誓ったのだった。

20152016201720182019
脱藩記録(中間)2:10:162:19:072:21:302:09:452:23:04
中間~2:36:022:55:182:30:313:04:542:10:25
Fin4:46:185:14:254:52:015:16:394:33:29
順位/脱藩地点5783734191
順位/年代別94/189106/18659/17272/15352/178

脱藩までは過去最遅、脱藩からは過去最速。過去最も気楽に走らせてもらって結果自己ベストという…

ハーフでもない10㎞でもない42.195kmという距離を快走するには、いかに自己コントロールが必要か、余裕を持って走るということがどれだけ重要かを改めて認識させられる龍馬だった。

走り終わった後、こう感じるレースは過去数えるほどしかない。いかにその他多くのレースでは自分を見失っているか、ということになる。

2014年の小豆島タートル、2016年の熊本城、2017年の下関海響。どのレースもスタートから中間点まで実に冷静、走っている間中終始自分を俯瞰視、今のままの走り方で最後まで走れるのか?を問いながら走りを修正する余裕があったように思う。

折り返すまではキロ7分で走るから。
遅くても心配しないように。

パートナーにそう言い残して走り始めた。

今年はたっぷり時間をかけて走ってもパートナーがたっぷり時間を満喫できる場所があるのでとっても気楽。

エイドはすべて止まる

エイドはいつも走りながら補給するのだけど、一つ目のエイドから全てのエイドで絶対に止まると心に決めていた。

決めたんだからもちろん走りながらエイドを補給するような中途半端なことはしない。完全に立ち止まります。

11か所あるエイドのうち、ついうっかり(?)第2エイドだけ通り過ぎてしまったが、10か所は完全に足を止め停止して補給です。

第2エイド、なんで止まらなかったんだろ?
走路の右手にあったからかな?

そして毎回、コーラ(上からのぞき込んで、たくさん入っているやつ選んで)を手に取りバナナをパクパク食べて走り出した。

走り出してしばらくすると「ゲホーッ」てなるけど…まあええやろと、それ(ゲホーッ)も楽しむことにした。

龍馬脱藩フルマラソン、5回目にして目標は完走(完歩じゃなくて)。とにかく今年は完走したかった。

過去4回、なんの学習機能も働かず、毎回判で押したようにピッタリ38キロ地点で脚が止まり。去年はとうとう倒れこんでしまい20分近く歩道で寝転んだ。

龍馬脱藩マラソン2018/5:16:39
もうね。 死ぬかおもた 残りたった2.2キロ歩いて帰るのに45分かかりました。帰りの2つ目のトンネル入り口で20分ちかく横になってたかなあ。正しくは痙攣してたんだけど。 毎年毎年...

完走するために今自分が何をしなければならないのか、をじっくり考えて臨んだ龍馬だった。

マラソンを走る前から、また走り出してからここまで真剣に「今はどう走ればいい?」と向き合ったのは初めてかもしれない。

いつも行って来い!だったから

スタート時、今日はピッチを落とさず(180超)走ろうと思いながらできるだけ後ろに並ぶ。近くにセーラーム(フ)ーンさんがいるのを感じる。

今年のセーラーム(フ)-ンさんは全身がキュキュッと引きしまっていてムフーン度が凄く高いので驚く。笑

しばらくはピッチを意識して走ったが指針変更。

心拍数を最重要視することにした。

今日は心拍が130を超えないように意識するようにした。もちろん鼻呼吸。行けることろまで120台で走り続けたい。

今年は台風の影響が懸念された脱藩の道でしたが走らせてもらえました。折り返し直前の600mほどの脱藩の道を歩いて上がったとき以外130を超えることはなかった。

自己コントロールという点ではうまくいった感じかな。

あ、折り返し直前の600mほどだけ歩きました。

歩いたん?走ったん?どっちなん?

ちなみに去年は台風の影響で脱藩の道は通れず舗装路を走りました。

脱藩の道は歩きました。仕方ない。前には人一人やっと通れる劇坂を上る30人ほどのランナーさんがいたし…

いなかったら走ってしまっていたかもしれないので、かえってよかったです。歩けて。

ピッチ(前半)179
ピッチ(後半)174

折り返した途端5キロ以上、ゴイゴイ下りが続く。ここでのピッチは平均186。歩幅は1m未満。よく辛抱できたと思う。ここでの我慢がこの先の走りを楽にしてくれた気がします。

折り返して25キロ地点。平均ピッチは180を維持。フルマラソンは25キロまで我慢。

と思っていた矢先の26キロ地点この日はじめてキロ6分を切ってしまった。心拍が120台を維持できていたので油断した。

反省し2キロほど心拍(120台)を意識して走るが120を超えることがないため、29キロ30キロとまたキロ5分台で走ってしまった。

自分が決めたことをできないと、あとで必ず痛い目にあうのが分かっているので、このランはよくなかったかもしれません。

30キロ地点手前(このあたりもひたすら緩やかな下りが続く)、例年なら、かなり呼吸が荒くなっているころだが、今年はそうでもない。というか楽に感じていた。

後から心拍確認すると30キロ超えたところから急に140台に突入している。

この辺から自己コントロールが乱れてきている…我慢の限界だったか。

というかこの距離当たりまで来ると今日の自分のゴールの様子が分かってくる。地獄なのか天国なのか。この感じ、熊本や下関で感じていたときの走りに近い。

30キロ地点~33キロ地点まで3キロ区間。

実は、ここってこの先の38キロ地点よりはるか前の区間ではあるけれど往路の走路からいったん外れ微妙なアップダウンのルートに入る。

また、前を走るランナーと交差したり、先行するランナーを遠く目にしながら走る、精神的にもまあまあ厳しい区間かもしれない。

この微妙なアップダウン。くたびれた体にはかなり心折れる。例年、まったく楽しくない区間だった。

が、今年は違った。

結局、30キロ超えてからは誰にも追い越されていないのではないかと思う。もう、楽しくてしょうがない。

このあと4年連続足が止まる地点の38キロに到達するまでほぼ5分台でグイグイ走っていたみたい。

だめじゃん。

さて、とうとう念願の38キロに到達し、40キロまでの2キロ区間には2本のトンネルがある。トンネル特有のアップダウンがあるためペースを落とす。

ゆっくりと走っているからか今年は何も苦しくないし脚も動く。嬉しすぎて泣きそうになる。トンネルだから泣いても大丈夫だけれど泣いてはいない。

1本目のトンネル内で赤忍者さんに追いついた。挨拶をし、前を行くであろうセーラーム(フ)ーンさんのことを尋ねると「追い越してください」という。

いやいや今年のセーラームーンはかなり身体を絞っていると見受けられる。とても追いつく気はしなかった。

それでも、一応やれるだけやってみよう。2本のトンネルが終わり、もう上り箇所はゴール手前だけのはず。やるだけやるしかなかろう。

40キロ~42キロはキロ4分台に上げる。

ああフルマラソンのこの位置でキロ4分台でこんながっつり走れるなんて。なんて幸せ。

やっぱりマラソンは我慢のスポーツだな、としみじみ感じた1日だった。

もう走るのが終わってしまうのが残念でしょうがない龍馬脱藩フルマラソンだった。

次は、去年レース後に暴力的筋肉痛に襲われ当分歩くこともままならなくなった風早マラソン10キロだ。

暴力的筋肉痛
残念。あれほど楽しみにしていたさめうらの郷マラソン、参加賞をいただきに会場へ向かっただけで走ることができなかった。 自業自得。これも自己管理が徹底できていなかったむくいだ。 10キロレースの自己ベストを出した風早マラソン翌日、月...

脚を壊してしまわないよう慎重にそして去年より速く走りたいものだ。

風早マラソン2018/PB 44:49
1キロってこんなに長いんね、というくらい最初に90度右折するまでの約1キロ、スタート地点からそこが見通せるくらいにほぼ一直線。 この1キロえらく長く感じたな。ここまでほぼ平坦だった。無理せず心拍を走るモードに上げていこう。

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